白山書房の本紹介

黒部へ―黒部八千八谷に魅せられて 志水哲也著 A5判342頁 2,500円(本体) 品切

長らく渇望されていた「黒部の谷」を紹介する本

黒部の谷に魅せられた20歳の若者が、宇奈月へたった1人でやってきてから、家族と共に黒部の住人として生きていこうと決意するにいたるまでの13年間を、黒部の山と谷の魅力をさまざまなエピソードを交えて綴り、黒部渓谷の全貌をあますことなく紹介した渾身の一冊。

著者プロフィール
志水哲也(しみずてつや)

1965年、横浜生れ。高校時代から山登りを始め、オールラウンドな登山を単独行中心に実践。岩登りではアルプスやヨセミテ(グランドジョラス北壁、ドリュ南西岩稜)など。雪山縦走では南アルプス、日高、知床の全山縦走、北海道襟裳岬から宗谷岬までの山スキー縦断など。1996年に登山ガイド業を始める。著書に『大いなる山 大いなる谷』、『果てしなき山稜』(白山書房刊)がある。富山県宇奈月町在住。

●目次

はじめに 

概念図 

1章 宇奈月に下宿して―1986年

山登りのきっかけ  沢登りの魅力  集中探査(下宿して何カ月も谷に) 

沢登りの究極黒部の谷  山の恩師・邦夫先生  黒部の谷を教えてくれた越後さん  不帰谷  沢登りの装備(自分の場合)  猫又谷柳又谷カシ薙深層谷  北又谷漏斗谷  北又谷恵振谷  北又谷本谷  尾ノ沼谷  祖母谷―清水谷  祖父谷―中ノ谷   餓鬼谷  柳又谷本谷  東谷  小黒部谷本谷  嘉々堂谷  サンナビキ谷 

2章 黒部湖に下宿して―1987年

単独登攀の方法  御前谷  鳴沢  赤沢右俣  別山谷左俣  棒小屋沢  新越沢 赤木沢・赤牛沢  剱沢(剱沢大滝登攀)  黒部川(河口から水源)   

3章 再び黒部へ―1992年〜93年

(黒部の谷・登山記録) 黒部下流域の支流・登山記録  黒薙川流域の支流・登山記録  祖母谷、祖父谷、餓鬼谷の登山記録  黒部中流域の支流・登山記録  剱沢大滝の登山記録  黒部の山人・七傑(猟師・ガイド・登山家)  黒部の谷の名称  宇奈月谷・尾ノ沼谷小杉谷 野坊瀬谷  魚津岳友会館にて  サンナビキ谷左俣・似合谷  ウド谷  小黒部谷西谷・中谷・折尾谷 建設省の砂防事業  黒部川水系の発電所  貯水湖・堰堤・水力発電  カゴの渡し  志合谷 ほんとうの黒部は道にあらず  オリオ谷右俣・阿曽原谷右俣 御山谷  中ノ谷・ヌクイ谷・元木挽谷・熊ノ沢  雲切谷左俣・右俣  引っ越しへの道  黒部の山を守る・泉さん  いつも変わらぬ大仏くん  剱沢真砂沢・内蔵助谷 剱沢トサカ谷・別山谷右俣 赤沢ヤゲン谷   

4章 ガイドの仕事を始めて―1996年

道なき山登りにいざないたい  ガイド料金の一律化なんて  山に感動しないガイドなんて  ガイド山行でも自分が行きたいところに行く  赤木沢・薬師沢右俣・ウマ沢ほか 北又谷―恵振谷  1995年7月11日の洪水  黒部上ノ廊下  激流の徒渉方法  口元ノタル沢・岩苔小谷 大東鉱山(モリブデン鉱山) 仙人谷 テレビロケ  十字峡テレビロケ  弥太蔵谷・音谷  弥太蔵発電所  黒部の主・石盛さん   

5章 宇奈月に移り住み―1997年

なぜ黒部か  宇奈月町と黒部川  イシワ谷  赤木沢ほか  国立公園と黒部源流でのキャンプ  東沢 森石谷 北又谷―吹沢谷  岩苔小谷大滝・黒部上ノ廊下 テレビロケ  稲葉さんという男  祖父谷西唐松谷・奥不帰谷 大黒鉱山(銅山)  餓鬼山尾根「滝見台」の眺望  柳又谷オレントメン谷 東谷―鹿島ウラ沢 祖父谷―西不帰谷  (剱沢大滝ロケなど) 剱沢大滝ロケ  阿曽原の小屋じまい  阿曽原小屋の昔 日電歩道と水平歩道  関電ルート    

6章 黒部川と共に―1998年

(冬、春の黒部渓谷) 大雪原と化した黒部湖  関電ルートの横坑ロケ  冬の剱沢大滝に思いを馳せて  浮石落とし  残雪の黒部下ノ廊下  弥太蔵谷廊下 薬師沢太郎沢・赤木沢  黒部源流のイワナを愛する会  東沢二ノ沢・一ノ瀬谷 黒部川北又谷ー黒岩谷 テレビロケ 赤沢左俣  黒部川自然湖探査・金作谷  昭和四四年の洪水でできた黒五  尾ノ沼谷 僧ヶ岳鉱山(モリブデン鉱山)  棒小屋沢西沢小沢  人見平寮と作廊谷寮  小黒部谷本谷 奥山廻りの頃の小黒部谷  小黒部鉱山(モリブデン鉱山)  柳又谷本谷  小スバリ沢・大スバリ沢 大深層谷  (黒部川と共に) 黒部下ノ廊下での事故  平和観音像にて  宇奈月その日暮らし 

●抜粋

尾ノ沼谷」より

 困難な遡行はおもしろい。どんなきわどいアクション映画を見ていても、自分が主人公にはなり得ないが、単独行の沢登りではまさしく自分がヒーローである。岩また岩に囲まれた谷の中に一人でいると、次の曲がり角の向こうにあるものが自分の運命を左右するすべてなのだ。それは谷が困難になるほど、妥協のできない切実なものとなる。次に美しいナメ床が現れて微笑むか、高巻き不可能な大滝が現れ絶望するか、想像を重ねるにつれて興奮してくる。沢登りとは何とドラマチックなのか。

 14日に北又谷より下山、その後、おたふくカゼにかかり、2、3日寝込んだ。病みあがりなので足慣らし程度のやさしい谷に入ろうと思い、この谷を選んだ。

 朝4時に起きて弁当を作り、宇奈月の下宿を出発する。宇奈月から十二貫野用水路の上を通り、1時間ほどで尾ノ沼谷出合に着く。

 尾ノ沼谷はトロッコ電車からも見えるが、上流まで明るく開けていて(見えているのは支谷の南沢)、一見簡単そうである。僕はそう信じ、実体も知らずに入渓したのである。

 谷に入ってから1時間はゴーロ歩きだったが、南沢を分けると、本流は右に直角に曲がり、渓相が激変した。両岸とも500m以上のスケールで急な草付のスラブ帯となり、谷筋は登攀不可能なつるつるに磨かれた垂直の滝が連続している。その間に不安定なスノーブリッジや、家1個分くらいの、見たことがないくらい巨大な雪のブロックがあって、渓相は悪絶の一語に尽きる。昨年の夏、4カ月かけて南アルプス大井川の支流を30本遡行したが、最悪だった倉沢や聖沢の廊下をはるかに上回っている。

 悪い草付を登り、細いダケカンバを束ねて懸垂トラバース(懸垂下降の要領で横に移動すること)、その繰り返し。こんなに高巻きが連続して苦しい谷は初めてだ。残雪は標高500mとはとても思えぬ量で、それが溶ける際の水蒸気が谷中にたちこめ、視界が利かない。10m先に何が待ちうけているのかわからない恐ろしさ。現在地の確認がまったくできないまま、ただひたすら遡っていくしかない。

 とうとう時間切れになり、やむを得ずスノーブリッジの下のわずかな平地でビバークした。スノーブリッジは時おりギシギシと不気味な音をたて、ほとんど眠れぬ夜だった(スノーブリッジの下でビバークしたのはさすがに僕もこれ一回きりである)。(以下略)

●見開き見本


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