本文より抜粋
翌日の天気予報が快晴だと聞くと、山心がうずきだす。どこへ行こうかと、二〇万図「甲府」を広げてみるのはいつもの癖である。歩いていないところはたくさんあるが、快晴の日には、展望の優れたところがいい。地図を眺めているうちに八ヶ岳の南側に眼が留まった。八ヶ岳山麓にある「ロッジ山旅」のホームページに紹介されていた権現岳南面の尾根を思い出したのである。それは材木尾根という、人がほとんど歩かないルートで、とにかく展望がすばらしいところらしい。
当日は予報どおりの好天である。甲斐大泉の駅を出ると、目を見張るような青空が頭上に広がり、遠く青一色の富士山が東の方向に頭を突き出しているのが見える。九月といえばまだ暑気が残っているものだが、珍しく空気も澄んでさわやかである。別荘やペンションが点在しているシラカバやカラマツ林の道を行くと、駅から五〇分ほどで八ヶ岳高原ラインに出る。それを少し西に向かい、八ヶ岳横断歩道入口の標識から山道に入っていった。
森の中の歩きやすい道である。あたりを領しているのは透き通るような静けさだけ。カラマツの梢から漏れてくる明るさとあいまって、単独行の至福をしみじみと感じる。
四〇分ほど登ると展望が開け、これから向かう前三ツ頭が姿を現してきた。左から八ヶ岳横断歩道が合流すると、間もなく道が大きく右にカーブする。一八番と書いた道標のあたりで横断歩道から離れ、かすかな踏跡に入っていった。歩いてきた尾根(材木尾根)をそのまま登り上げている踏跡である。藪の中の小広い場所に石の観音像が鎮座して、昔は人が往来した場所であることを偲ばせる。
(以下略) |